こんにちは、宗田玲子です。
今回は、読者の方から寄せられたご相談をもとに、ひとつの体験記として構成したお話をお届けします。
家庭の中で安心できない環境にいながらも、外では笑顔で過ごそうとする——そんな日々を経験している方に、静かに寄り添うつもりで書きました。
もしあなたが今、「これは自分のせいかもしれない」と苦しんでいるなら、その思いを少しでも軽くするきっかけになりますように。
家では「安心できない」のに、学校では「明るく」ふるまう理由
「先生、僕、家に帰りたくないんです」
カウンセリングルームで、14歳の佐藤君（仮名）はそう呟きました。学校では人気者で明るい彼が、こんな言葉を口にするとは誰も想像していなかったでしょう。
佐藤君のような子どもたちは少なくありません。学校では笑顔で過ごしていても、家に帰ると全く違う表情になる。それは、家庭が「安全な場所」ではないからです。
「お父さんが酔っ払うと、物を投げたり、怒鳴ったりするんです。小さい頃は僕も叩かれました。だから家に帰ると、胸がギュッと締め付けられるような感じがして…」
佐藤君の話を聞きながら、私は多くの子どもたちが抱える「二つの顔」について考えていました。学校では明るく振る舞い、家では緊張状態で過ごす。この「スイッチの切り替え」は、実は自分を守るための大切な防衛本能なのです。💭
アルコール依存症の親がいる家庭では、子どもは常に「次に何が起こるか分からない」という不安と共に生きています。その予測不可能な環境から心を守るために、学校という別の場所では「普通の自分」でいられるよう懸命に努力するのです。
これは弱さではなく、むしろ強さの表れです。厳しい環境の中で自分の心を守ろうとする知恵なのです。😢
【💡行動ヒント：自分の感情を日記に書き出してみましょう 📎理由：感情を言葉にすることで、混乱した心に少しだけ整理がつくことがあります。誰にも見せなくていいので、素直な気持ちを書き留めてみてください】
フラッシュバックに苦しむのは、あなたが弱いからじゃない
「電車の中で、お酒を飲んだおじさんを見ただけで、急に息ができなくなったんです。心臓がバクバクして…」
佐藤君は学校への通学中、こんな経験をすることがあるそうです。これは「フラッシュバック」と呼ばれる現象の一つで、過去のつらい記憶が突然よみがえることです。
アルコール依存症の親による暴言や暴力を経験した子どもたちは、このフラッシュバックに苦しむことがよくあります。ある音、匂い、光景が引き金となって、過去の恐怖体験が鮮明によみがえるのです。💭
「弱い自分が情けない」と佐藤君は言いますが、これは決して弱さではありません。むしろ、脳と身体が「危険から身を守ろう」として反応している証拠なのです。
フラッシュバックは、トラウマ反応の一種です。戦場から帰還した兵士や、事故の生存者など、強いストレスを経験した人によく見られます。つまり、これはあなたが「弱い」からではなく、厳しい環境で生き抜いてきた証なのです。
「こんなことを言うと、お父さんを悪く言っているみたいで申し訳ない気持ちになります」と佐藤君。
多くの子どもたちがこのジレンマを抱えています。親を愛している気持ちと、傷つけられた悲しみが混在しているのです。でも、自分の感情を認めることは、親を否定することとは違います。自分の心と体が発するSOSに耳を傾けることは、生きていくために必要なことなのです。
【💡行動ヒント：フラッシュバックを感じたら、「今、ここ」を意識する練習をしてみましょう 📎理由：目の前にある5つのものを見つけて名前を言う、3つの音に意識を向けるなど、現在の感覚に意識を戻すことで、過去の記憶から抜け出す助けになります】
「家庭の問題＝自分の責任」と思い込んでしまう心のメカニズム
「もし僕がもっと良い子だったら、お父さんはお酒を飲まなかったかもしれない」
この言葉を聞いた時、私の胸は痛みました。佐藤君に限らず、家庭問題を抱える多くの子どもたちが、問題の原因を自分に求めてしまうのです。
なぜ子どもは「自分が悪い」と思ってしまうのでしょうか。
それは、子どもにとって「親が問題を抱えている」という現実を受け入れるより、「自分に原因がある」と考える方が、ある意味で希望があるからです。もし自分が原因なら、自分が変われば状況も変わるかもしれない——そう思いたい気持ちが働くのです。💭
しかし、アルコール依存症は病気です。親のアルコール問題は、子どもの行動や性格とは無関係です。どれだけ「いい子」でも、親の飲酒行動を変えることはできません。
「でも、お父さんが飲んで暴れそうな時は、僕が気を紛らわせたり、お母さんをかばったりするんです」
こうした「親の世話をする子ども」の役割を、専門的には「parentification（親役割化）」と呼びます。本来であれば親が子どもを守るべきなのに、逆転してしまうのです。これは佐藤君があまりにも優しく、責任感が強いからこそ起こることです。
しかし、14歳の少年の肩に、大人の問題を背負わせるのは重すぎます。あなたはまず、自分自身を大切にする必要があるのです。😢
【💡行動ヒント：「もし親友が同じ状況にいたら、何と言ってあげるか」を考えてみましょう 📎理由：自分には厳しくても、友達には優しい言葉をかけられるものです。その優しさを自分自身にも向けられるようになると、自己責任の思い込みから少し自由になれます】
誰かに話すことで、心の負担は確実に軽くなる
「先生、こんなこと話したの初めてです」と佐藤君。
家庭の問題は、多くの場合「家族の秘密」として閉じ込められてしまいます。特にアルコール依存症の家庭では、「家のことを外に話してはいけない」という暗黙のルールが存在することが多いのです。
「お父さんが会社の人に悪く思われたら…」「友達に変な目で見られたら…」
こうした心配から、つらい気持ちを誰にも打ち明けられず、一人で抱え込んでしまうのです。💭
しかし、秘密を守ることで失われるものも大きいのです。誰かに話すことで得られる安心感、「自分だけじゃない」という連帯感、そして専門家からの適切なサポート——これらはあなたの心の回復に大きく貢献します。
佐藤君は初めて学校のカウンセラーに話した後、「胸の重しが少し軽くなった気がします」と言いました。これは、秘密を共有するパワーです。
もちろん、誰に話すかは慎重に選ぶ必要があります。すべての大人が理解してくれるわけではありません。しかし、多くの学校にはスクールカウンセラーがいますし、地域の児童相談所、若者向けの相談窓口など、あなたの話を聴いてくれる場所は確かに存在しています。
「自分だけが特別なわけじゃない」と知ることは、大きな安心につながります。実は、日本には推計約100万人のアルコール依存症の方がおり、その家族として育つ子どもたちもたくさんいるのです。あなたは決して一人ではありません。
【💡行動ヒント：信頼できる大人を一人見つけてみましょう 📎理由：学校の先生、親戚、友達の親など、少しでも話しやすい大人を探してみてください。いきなり全部は話せなくても、「ちょっと心配なことがある」と切り出すだけでも第一歩になります】
自分を守るためにできる、小さな一歩とは
「僕にも、何かできることはありますか？」
佐藤君のこの質問に、私は少し考えてから答えました。家庭環境を一人で変えることはできなくても、自分自身を守るためにできることはあります。
まず大切なのは、「これは自分のせいではない」と理解することです。親のアルコール問題は、あなたの行動や性格が原因ではありません。この理解は、自己否定から自分を守る最初の盾になります。💭
次に、安全な場所と時間を確保することです。図書館、公園、友達の家、部活動の時間など、心が休まる場所や活動を見つけましょう。佐藤君の場合は、放課後の図書室で過ごす時間が「ほっとできる時間」だそうです。
「家に帰るのが怖い日は、図書室で宿題をしてから帰ります。そこなら安心できるんです」
また、将来の見通しを持つことも大切です。「いつか自立して、自分の生活を作れる」という希望は、今の苦しい状況を乗り越える力になります。佐藤君は「将来は建築の仕事がしたい」と教えてくれました。その夢に向かって一歩ずつ進むことが、今を生きる支えになるのです。
そして何より、自分の気持ちを大切にすることです。悲しい時は悲しんでいい、怒りを感じても当然、恐怖を抱くのも自然なことです。自分の感情を否定せず、「今、こう感じている」と認めることから、癒しは始まります。😢
専門家の助けを求めることも、勇気ある選択です。スクールカウンセラー、児童相談所、ヤングケアラー支援団体など、あなたをサポートしてくれる場所は確かにあります。一人で抱え込まなくていいのです。
【💡行動ヒント：「自分を守るノート」を作ってみましょう 📎理由：不安になった時に開ける、自分だけのノートを作りましょう。好きな言葉、安心できる写真、自分への優しいメッセージなどを集めておくと、つらい時の心の支えになります】
佐藤君との面談から数ヶ月が経ち、彼は少しずつ変わり始めています。自分の状況を理解し、感情を言葉にできるようになったこと。そして何より、「自分を責めなくていい」と少しずつ実感できるようになったことが大きな変化です。
家庭の問題が簡単に解決するわけではありません。しかし、その中でも自分の心を守り、成長していく力を佐藤君は確かに持っているのです。
あなたも同じです。今、家庭でつらい思いをしているなら、どうか覚えていてください。それはあなたのせいではない。そして、あなたには助けを求める権利があるのです。
小さな一歩でいい。自分の気持ちに正直になり、信頼できる誰かに話してみること。それが、あなたの人生を少しずつ、でも確実に変えていく第一歩になるでしょう。
あなたは一人じゃない。そして、あなたは守られる価値のある人なのです。
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